研修の概要
- 研修の目的:
・関東の富士講と関西の富士講の違いを理解する - 開催日時:2025年5月14日(水)
- 場所:午前 富士山環境交流プラザ 午後 人穴富士講遺跡・村山浅間神社
- 参加人数:8名
- 講師:静岡県富士山世界遺産センター 大高康正さん
研修内容
静岡県富士山世界遺産センターの大高康正さんより、関東地方や東海・近畿地方を中心に全国各地に富士山を信仰するためのグループとして結成された富士講について講習をしていただきました。

富士山の噴火が一段落すると、修験者と呼ばれる人達が富士山を山岳修行の地として、開削して富士山へ登拝するようになっていきました
15~16世紀になると、一般の人たちも富士山へ登拝するようになり講を結成して富士山を目指すようになりました。
講とは、同一の信仰を持つ人々による結社の事で当時富士山へ登山するのには往復1週間~1カ月もの時間を要し、また費用も必要となったため仲間で毎月お金を集め、くじに当たった代表者が富士山へ登山していたそうです。
現在の富士宮口方面からの富士講は東海道を使用して富士山に登拝する人達が多かったため三重県などの西側からの富士講が多く、山梨県側は江戸を含む関東方面からの富士講が多く利用していたようです。
近代登山では富士山の山頂でご来光を見ようという登山者が多いですが、富士講の方達は内院(富士山頂のお鉢の中)の大日如来を拝み、またお鉢(かつては御八葉といわれていた)の8つのピークにあるそれぞれの仏を拝むために登拝をしていたという事もお話いただきました。
午後からは村山浅間神社と人穴富士講遺跡を訪れました。

村山浅間神社は明治時代初めまで、京都の聖護院を本寺とする修験道の拠点、富士山興法寺であり、富士山の山岳修行の修験の中心地でありました。
神仏分離令による廃仏毀釈運動により富士山からおろされた貴重な仏像を見ることができる大日堂を見せていただき、元氏子総代の山本哲さんよりご説明もいただきました。
土日は一般の方にも公開しているそうです。

また境内には水垢離場(富士山に登る前に身を清める場所)があり、実際に見ることができます。

その後、人穴富士講遺跡も見学しました。ここは長谷川角行(富士講の開祖)が修行した場所であり、富士講の講員が訪れた際に建立した約200基もの碑塔群が残されている場所です。現在は、溶岩洞穴の中に入ることはできませんが入口や碑塔は見学することができます。

残されている多くの碑塔を見ると富士講の方々が富士山に登拝し、ここを訪れた光景が目に浮かぶようでした。

富士山もこういった歴史的背景を知って登山をすると、今までとは違った側面が見えてくるかもしれませんね。